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カフェ・エクリvol.59「詩の森の散歩道」は3月11日午後4時から 姫路・段カフェで

Vol.59 カフェ・エクリ
於:姫路。段カフェ
2013.3.11 午後4時から

テーマ 「マテリアルの笑い」
                               話者:高谷和幸

今回は形而上詩人のジョン・ダン(1572-1631)の詩から題材をとりながら、詩の中のマテリアルな部分に焦点を当ててみたいと思います。
「形而上詩人」はサミュエル・ジョンソンが17世紀のイギリス抒情詩人を称した言葉です。エリオットはそれを批評しつつ「形而上詩人」という文芸批評を書いています。
「もっとも性質の異なった観念でも暴力によってつながっている」(サミュエル・ジョンソン)
「詩人の精神というものは創作の用意がすっかりととのっている場合には、いつでも別々の離れた経験を合わせて一つにするが、ふつうの人間の経験はごたごたでしまりがなくてばらばらである。ふつうの人が恋をしたりスピノザを読んだりする場合、この二つの経験はたがいに何のかかわりもないし、またタイプライターの音や料理のにおいとも関係がない。だが詩人の精神の中ではこういう経験がいつも新しい全体を形成しているのだ。」(エリオット)

時代:エリザベス朝
文芸:劇作家の用いた技法
番外:ニュー・クリティシズムのP・パーカーが愛した詩人。
   コーネル(美術家)の愛した詩人。
マテリアル:大真面目で、笑わそうとしない笑い。


「蚤」

この蚤を見てごらん、そうすれば分かるはず、
君が拒んでいるものが、その中では何と小さいか。
蚤は先ず僕の血を吸い、今度は君の血を吸う。
この蚤の中では、我々二人の血が混ざりあうのだ。
君はよく知っているはず、とてもこんな事が、
罪や、恥や、貞操の喪失などと、言えないことを。
 でも、蚤は求愛もせずに、楽しんでいるのだ。
 二人の血を一つにして、丸々と膨れ上がっている。
 ああ、そうしたくとも、我々にはその勇気がない。

待って。一匹の蚤で三つの生命を助けておくれ。
ここで我々は結婚した。いや、それ以上と言える。
この蚤は、君でもあり、僕でもある。それは
我々の新床(にいどこ)でもあり、また、婚礼の御社(おやしろ)でもある。
両親は反対し、君も嫌がるが、我々は結ばれ、
この生きた回廊の黒玉の壁に、かくまわれている。
 でも、習わしに従って、君は僕を殺すだろう。
 だが、それに加えて、自分までも殺すことはない。
 三人殺せば、三つの罪で神を冒瀆(ぼうとく)することになる。

残酷な慌て者よ、僕が止めたのに、君はもう、
罪のない者の血で、爪を赤く染めてしまったのか。
一体、この蚤がどんな罪を犯したと言うのか。
君から一滴の血を吸い取った、それだけのことだ。
だが、君は大威張り、蚤は死んでも、一向に、
君も僕も、弱くなってはいないと、言い張るのだ。
 その通り。だが、それなら恐れることはない。
 たとえ、君が僕に身を任せても、蚤の死が君から
 奪った命はどこにも、失われるものはないのだから。


「別れ」からの一説


 まるい球の上に
職人は傍らに手本があれば
ヨーロッパを、アフリカを、アジアをえがいて
無だったものをたちまち全体とする
 あなたをうつし出す
 わたしの涙は一つ一つが
あなたをうつすと地球儀になり、世界になり、
あなたの涙はわたしの涙とまじって世界に溢れ、
ついにあなたの流す水でわたしの天国はくずれてしまう。


「The Relique」

骸骨にまつわる金髪の腕輪


最後にエリオットの詩の一篇を紹介します。戦後の同人誌「荒地」(鮎川信夫など)がインスパイアされたと言われています。

Ⅰ.「埋葬」

四月は残酷極まる月だ
リラの花を死んだ土から生み出し
追憶に欲情をかきまぜたり
春の雨で鈍重な草根をふるい起すのだ。
冬は人を温かくかくまってくれた。
地面を雪で忘却の中に被い
ひからびた球根で短い生命を養い。
シュタルンベルガ・ゼー湖の向うから
夏が夕立をつれて急に襲って来た。
僕たちは廻廊で雨宿りをして
日が出てから公園に行ってコーヒーを
飲んで一時間ほど話した。
「あたしはロシア人ではありません
リトゥアニア出の立派なドイツ人です」
子供の時、いとこになる大公の家に
滞在(とま)っていた頃大公はあたしを橇(そり)に
のせて遊びに出かけたが怖かった。
マリーア、マリーア、しっかりつかまって
と彼は言った。そして滑っておりた。
あの山の中にいるとのんびりした気分になれます、
夜は大がい本を読み冬になると南へ行きます


(西脇順三郎 訳)


話が終わってから詩の合評会をします。
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カフェ・エクリ「詩の森の散歩道」は2月4日(月)午後4時から 

テーマ「わらい」
日時 2月4日(月)午後4時から
場所 (姫路)ブックカフェされど・・・inツリーハウス(古書店2階)
    姫路市本町68 電話 079-284-8844

はじめに

「笑い」は古今東西を問わず根源的ななテーマとして位置づけされています。
日本の文献でも岩戸隠れは有名なとろですし、現代の文芸でも「坊ちゃん」とかその他にもたくさん発見しようとすれば散在しています。また、短歌ではライトバースという流れも亜流ですが存在しますし、夏石番矢の俳句も乱暴な言い方を許してもらえればこの流れを吸収した高度な表現と言えると思います。現代詩でもカエルの詩の草野心平など思い出すのですが、ごく最近の現代詩にはこれといった決定的なものがなかったように思います。それで今回取り上げる疋田龍乃介『歯車vs丙午』(思潮社、2012年10月20日発行)は「笑い」というところで私がもっとも注目する詩集です。その中の一編「ハニーシロップ・オン・ザ・ロード」をテキストにして「笑い」を考えてみたいと思います。
「笑い」について枝雀の有名な「緊張と緩和」ということばがあります。この言葉の前提条件になっているところをもう少し追及すると、私と彼(もしくはあなた)という関係性で「緊張と緩和」があるのではなく、むしろ私自身の中でおこる問題、つまり没我的地平におこる非知なるものとの境界線を乗り越えたり、引き戻ったりする運動にあるのではないでしょうか。

非知についてバタイユの研究家である大橋愛由等さんに助けてもらおうと思っています。


ハニーシロップ・オン・ザ・ロード

             疋田 龍之介

いいのかしらいいのかしら
こんなにはしゃいじゃって
ときにはすごく意地悪いこと考えたりして
いいのかしら
こんなことやあんなことしながら街に入ってしまっても

あれが光きらめく吉備団子屋さん
黒い暖簾の埃を取り除いている親方が見えるわ
こちらから見えるわ
店先に置かれたテレビ画面の隅々までも簡単に見えるわ
吹き荒れるようにこの道は続くけれど
いいのかしら
ハニーシロップの道の上にしてあげてもいいのかしら

一本道ではなく数多道
数多道は線ではなくて円の道
際限ない距離と孤独で形作られるのが線の道なら
まあるい円の道の構成要素はひたすら甘い蜜と乳
だけどそれだけで出来上がるほど都合よくはないの
この道にはやっぱりミツバチが必要
お店の裏口すぐ右上に巣があるの
団子職人さんは巣を撤去したり無粋なことはしない
だって自分たちの吉備団子にだってハチミツは不可欠
言ったそばから、ぶんぶんぶん
ほらほらー かわいいミツハチが跳んでるよ

ぶんぶんぶんぶんぶーんぶんぶぶーぶーんぶーぶー風風ふわふわふわふわっふーわっふーーわっふーーーーーーーわっふーぶんぶぶぶーーん部分べちゃ部分べちゃべちゃお尻に付着させながらぶんぶんぶぶんぶんぶん歩歩歩ミツバチのすきっぷーーんぶんぶーんすきっぷーんぶーんすきっぷーーんぷん粉ぷんぶぶぶんぶん文武ぶんぶんぶんぶんぶんぶぶ舞舞舞ぶいんぶいんぶいんぶんぶんミツバチぶん分ぶん分ぶぶぶぶ相応ミツバチ相応ぶんぶんミツバチぶぶぶぶミツバチぶぶぶミツバチ撫撫撫ミツバチ撫撫ミツバチ撫ミツバチなでミツバチなでなでかわいいミツバチのかわいいなでなでしたいミツバチのかわいいミツバチのだいじに思ってるミツバチのかわいがるだいじなミツバチのだいじなだいじなハチミツを。。。。。。。

いきなり強奪!

いいのかしらいいのかしら
道にハチミツ注入しちゃっても
飴でできたにせガラスが
どきんどきん割られるような粘り気の
ハチミツ流し込んじゃったけど
いいのかしら
あんまりいいのかしらと繰り返すものだから
路上の中から音がきこえたね
ちょうど匂いもしてきたね
このまま味まで取り込んじゃっても
ほんとにいいのかしら

比類なき宝物を盗まれたからってきっと
この道が完成する頃にはミツバチたちも
走り回るのをやめて毒針しまってくれると信じてる
ハニーシロップ・オン・ザ・ロード
年輪のように甘美なパイの球型に風穴をあけて
中へたっぷりたっぷりたっぷり大量の光粒子を流し込み
街のみんなの夢の中
まじめになって12年くらい寝かせることから
ようやく光度の絶頂は固まりを開始するんだってね
時間はそれなりにかかるみたいだけれど
ただでさえ幸福な円の道
それをドレミファソっと踏み鳴らす
音符と味覚が跳びはねている
ああっ あんあ あんこよりやわらか蜂の蜜
こんな疑いようのない楽しい喜悦
感じちゃってもいいのかしら



ハニーシロップ・オン・ザ・ロードの笑いについてのメモ
・おふざけ
・現実認識の不気味さ(深層心理からくる恐怖感の換喩として)
・意味不明なものの動き(アクションの意味性)
・言葉のリズム感


お時間がありましたらご参加ください。
2部で詩の合評会を持ちますので、自作詩(詩以外でも)を8部程度コピーしてご持参ください。
もちろん参加だけでもかまいません。
テキスト代300円が必要ですのでご注意ください。
場所が分からない方は3時25分に姫路駅改札内にいらしてください。

高谷和幸拝

カフェ・エクリ Vol.53

◆1.--詩の教室「カフェ・エクリ」のお知らせ(10月1日〈月〉)←会場は兵庫県たつの市

『Melange』同人・高谷和幸・千田草介氏が運営する詩の教室「カフェ・エクリ」の情報です。
日程的にはこちらの方が後になりますが、◆2.の情報が多いので先に記しておきます。

10月は、1日(月)午前11時から、たつの市の「カフェ・ガレリア」で開催します。
第一部の語りは、大橋愛由等と千田草介氏が担当します。大橋が明恵、千田氏が法然を語り、当時の仏教世界において、二人のあらがいが、どのような意味を持ったのかを探っていきます。また歴史的背景を、寺岡良信氏に解説していただこうと思っています。大橋は時間が許せば、華厳思想のありようを語ります。

たつの市の「カフェ・ガレリア」住所:たつの市龍野町富永1439電話:0791-63-3555
▼当日参加する方は、午前9時38分JR三宮駅発「姫路行」の新快速に乗車してください。終点・姫路駅で下車。同駅で姫新線に乗り換え21分後に「本竜野駅」に到着。そこから歩いて10分ほどです。
同会も詩の合評セクションがあります。自作詩を持参してください。10部ほどコピーが必要です。

カフェ・エクリ Vol.52

カフェ・エクリ Vol.52

於 段カフェ  
2012.9.10(月) 午後4時から 

 今回、第一部を大橋愛由等さんと私・千田草介が仏教をとりあげて担当する予定でした。大橋さんはかねてより華厳に深い関心を寄せており、明恵上人(高辯)にふれるとのことでしたので、千田としては、やや不得手ながら法然上人(源空)に言及して大橋さんの明恵論を補完するつもりでしたが、大橋さんの都合により、千田が単独で述べることになりましたので、素材を変更して弘法大師空海について話すことにします。むろんこのエクリはあくまで詩がテーマですので、詩人としての空海に着目する切り口で迫ってみようと思います。

今月の「『街道をゆく』を読むは30日(木)16時より 加古川「されど」にて

kaido43.jpg

 シリーズ最終巻、司馬遼太郎の絶筆となった『濃尾参州記』をとりあげます。これでもうほぼ一巡しましたかね。落穂ひろいはしますが、今後の課題をどうするかもふくめ、みなさんのご意見をうかがいたいと思います。
プロフィール

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