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川口晴美著『半島の地図』から思うこと

カフェ・エクリ7月1日(木曜日)午後4時から。場所は加古川のブック・カフェ「されど」
VOL.27 詩の森の散歩道
書くことの主体。そのわたしたちは「透明なる過去」を把持し、「透明なる未来」を予持している。
川口晴美著『半島の地図』から思うこと
高谷和幸

詩と散文の違いはどこにあるのだろう。バフチンによれば、「ニ声的」な言葉は小説などの散文にありえるが……詩は一貫してモノローグ的な文体とを満足させうる内的な分裂性(ニ声性)は、決して本質的なものとはなりえない。それは遊戯であり、コップの中の嵐である。(詩の言葉と小説の言葉より抜粋)……と書いている。現在の詩が散文化するという現象の見えない図式を読み取ろうとするならば、どうやらこの「ニ声性」を見つけるところから始めなければならないと思う。詩の言葉の場合、二つの声はそれぞれ異なった文化や歴史を持つ話者(物体でもかまわない)であり、それらがお互いを殺し合ったり、対立することなく一つの主体ともう一つの主体が透明性を帯びて一つに重なり合うことだと思う。それがどのような声であるか?

では、『半島の地図』に戻ろう。「半島」の「ミズシマ」は、福井県敦賀市の色ヶ浜沖にある無人島。敦賀湾北西部、敦賀半島の先端近くに浮かぶ水島だと考えて間違いはないだろう。視線は「海岸道路の行き止まり」から始まり、コンクリートの突堤が見える。金属板が錆びたバス停。「路地のように細くなる坂の両側に/釣り船屋と民宿ばかりが並ぶ」光景であり、地元の人たちのひと時の暮らしぶりである。「坂の終わり/家と家の間から/日に焼けた体を剥き出しにした人たちが何人も/湧き出すようにあらわれる」彼らは海水浴客で、今まで「ミズシマ」にいた人たちなのだ。わたしは「昔は半島に連なっていた土地が/離れ島になったのだと/駅の案内板にあったのを思い出す」、その島は地元の人たちも滅多に行くことがない忘れられた島なのだ。「ミズシマ」はわたしにとって「わたしのからだにいつもある/わたしから離れていこうとするものを/そんな名で呼んでみようか」という存在である。ここで「わたし」と「ミズシマ」は二つの声ながら、その違いを保持しながら一体化するものとして書かれている。これが、この作品の中の「ニ声性」であり、別の言い方をすれば「暗喩」の存在であると思う。

「半島」は夏だが「半島の地図」は秋になっていて、時間と共に化学変化をしているようで印象深い。ここでは水島は水のイメージを膨らませながら、「あふれこぼれていた水分は」身体の水や葡萄の一粒から滴る水へと異なった客体のなかにすり替わっていく。「ミズシマ」と「わたし」の「ニ声性」は二項性を保ちながら、重なり合いお互いを透過する透明性を帯びて、空間的統覚に貫入する。その声は内面化され、共有されて、詩の言葉で語られるようになる。

川口晴美著『半島の地図』を読むとき、私が継続的に現在の詩の散文化を考えてきた結果なのだろうが、どうしても「ニ声性」と「透明性」という言葉に引き寄せられるところがある。それは反省するべき点であることも承知しながら、「サイゴノ空」から引用してみよう。

わたしの涙はわたしのものではなくなった
いいえこれまで一度だってわたしのものだったことがあっただろうか
いいえいいえわたしのものだった何かなどひとつでもあっただろうか
思い返してみようとすると何もかもが滲んで
体も体のなかにあったものもぼんやりしてくる

この詩から、話者のからだが、いわゆる人間らしい感情とか記憶から外れていって、徐々に透明感を持ってくると感じるのは私だけではないだろう。ではなぜそれが透明性なのだろうか。私は70年・80年代に興隆した現代建築の透明な空間認識(いわゆるガラスで出来た建物)にそれを求めたい。「透明なる過去」を把持し、「透明なる未来」を予持しているのだから、現在もまた透明であるべきだ、という考えにとりつかれた時代で、それが現代にまで続いていると内山洋志氏は言う。それでは、「〈透明性〉の内部」の論文から建築史家コーリン・ロウの「透明」についての分析を紹介しよう。

辞書の定義によると、「透明」という性質あるいは状態は、光や空気を通すという物質の状態であり、簡単に見抜ける物や明々白々たる物を求める人間特有の欲求にこたえたものであり、ずるさ、見せかけ、偽りに類するものの欠如という性格上の特質をも示す。
ロウはこの即物的な透明と別種の透明性をゲオルグ・ケベッシュから引用する。

二つまたはそれ以上の像が重なり合い、その各々が共通部分をゆずらないとする。そうすると見る人は空間の奥行きの食い違いに遭遇することになる。この矛盾を解消するために見る人はもう一つの視覚上の特性の存在を想定しなければならない。像には透明性が賦与されるのである。すなわち像はたがいに視覚上の矛盾をきたすことなく相互に貫入することができるのである。しかし、…透明性は単なる視覚上の特性以上のもの、さらに広範な空間秩序を意味しているのだ。…(…間は筆者が入れる)

ケベッシュの…で括った部分について、丸山洋志は、カントから導かれた悟性がその「広範な空間秩序」を要請するという図式を描き出す。しかしこれ以上は、私の当面の問題である詩の散文化というところを限界にして、「透明性」への関心を急速に失くしてしまう。
詩の言葉に戻ろう。「ニ声性」は詩と散文との性質を二分する要素である。詩の言葉の「ニ声性」は川口晴美が「透明性」でそれを昇華したように、様々な詩人によって取組がなされるだろう。それが詩人の悟性であるどうかは今のところ分からない。紙面の都合上、ここでは「ニ声性…呼びかけそれを聞く」と「透明性…二つの身体化」は共通感覚のアクチャルな意味作用であるというところで押さえておきたい。そのことがバフチンのいう「コップの中の嵐」の実体なのだ。


テーマ詩集川口晴美著『半島の地図』

「半島」

真昼の
海岸道路はそこで行き止まりだった
小さな港につなぎとめられた船はどれも古びて
今日の強い風に揺れている
半島の向こうの原子力発電所に打ち寄せていた波が
ここにも届いて白く砕ける
さみしいコンクリートの突堤に
灯台があるのがわかったけれど
そこまで歩いてゆくのはやめて
はりつめた空のあおい色
素早く流れる雲のかたちを
ぼんやり見上げた
立石
という名を記したバス停の丸い金属板は縁が錆び
バスはきっと夕方まで来ないだろう
狭い屋根に覆われたベンチに座る人はいない
どこにも行くことができずに
Uターンするバスの
くぐもったタイヤの軋みを
想像してから
引き返して歩く
日はゆっくり橙色に傾き
来た道を海へ逸れると
路地のように細くなる坂の両側には
釣り舟屋と民宿ばかりが並ぶ
洗濯物がはためく庭の傾斜に
色褪せたデッキチェアを出して座っている人が
こっちを見る
わたしは
どこへ行くというものではありませんただ
歩いているだけここを通り過ぎてゆくだけ
と 言いわけのように伸びる影を踏んだ
海側の家々はみな
玄関も窓も奥の戸も開け放っていて
ほの暗い畳の部屋の向こうに
切り取られた海が煌く
家の中を吹き抜けてきた風が
微かになまぐさい潮のにおいで肌にまとわれつき
汗をかく
坂の終わり
家と家の間から
日に焼けた体を剥き出しにした人たちが何人も
湧き出すようにあらわれる
船が着いたのだ
海水浴場しかない沖の島で泳ぎ疲れて戻ってきた人たちの
だるい熱が坂道にこぼれる
水島
というそこは昔は半島に連なっていた土地が
波の浸食で離れ島になったのだと
駅の案内板にあったのを思い出す
離れてしまったもの
つかのま泳ぐだけの場所
揺れる光の先にある
わたしのような
ミズシマ
わたしのからだのなかにいつもある
わたしから離れていこうとするものを
そんな名で呼んでみようか
遠い
駅へ向かう車をひろうために
わたしは
半島のような腕をあげる


「半島の地図」

夏に歩いた海沿いの道を
指でたどる一人の夜
秋の紙はひんやり滑らかに
乾いている
そこからはもうどこにも行けない半島の先端で
立ちどまり見あげた空の下
あふれこぼれていた水分は
いったいどこに仕舞われてしまったのだろう
波が削り取っていったという離れ島が
あのとき沖に光っていたけど
地図には載っていない
(ミズシマ)
記されなかった名を発音する唇が微かに
震えながら開かれるから
指は紙を離れ
秋のテーブルの葡萄のひと粒つまむ
塞がれてあまく苦く深まった水を
夏のくちづけに似せて唇へ運ぶと
夜の光を連れて滴り
半島のような腕をたどって
冷えた地図に
わたしの熱を小さくまるく記していった




次回のカフェ・エクリのテーマ詩は渡辺玄英氏の『けるけるとケータイが鳴く』です。事前に読んで感想をまとめておいて下さい。
8月2日(月曜日)午後4時から、場所は姫路のカフェ・CHUM。


…ひとりずつ気が狂っていき(のこされて
最後のひとりは狂っているのか正常なのかさえ(わからない(だろう
わかりますか(わかりません
救われるのはぼくでもきみでもなく
狂気だけが一本のアンテナになって立ちつくしていた…(帯文より)


「けるけるとケータイが鳴く」
                                     (ユリイカばーじょん)

何もかも忘れて
ここに立っている
一本のアンテナの忘我が
ボーガと立っている きのーも
きょーも  (ボクはボーガだ・・・
ケータイがふるえている
たくさんのメールが届く
けど文字バケして読めない
です ふあん です
ふあんをとどけるのは誰ですか?
ボーダイなメールがとびかい
ムスーのでんぱがうずまくよそこここ
(・・・そこぬけの青空
そこここってどこよ?
そこここのうずまくでんぱ(ででんぱ
こそそこの渦巻きのま真ん中に
ぽっかりとうかびあがる半径一メートルの青空がボクれす
ボクはこないだから青空に代入されて
(代入されるボクは青空に代入されるボクは青空に代入されてされつづけて・・・
うずくムゲンにかさなり(かさなりつづけて
(うすくうすくひきのばされて
ととーめいな何もないたぶんたたくさん
(わかった うすく死んでくれ (キミはすこし自信なげ?
うずまくでんぱのままんなかに
たたくさんのボク たたくさんの空 (あおぞら? (見える?
せーてん
けるけると鳴るケータイがふるえる
(ぼくはここにいない

あしたからの連絡を待っていたら
こうなった です
でですから きみは
きみの取扱説明書を(とりせつを
くりかえし読んでくだされ
それを無限に読みつづけることだけが(くくくりかえすことだけが
きみの存続のジョーケンでふ
きみは操作者(送話者(ぶれいやー(召喚者…嘘だけど
とところで
とりせつってひびきはなんだかせつない(せつない?
と思いませんか?(思わんね(けるける


何をおぼえているのかも
思い出せない
(けるけるとケータイが鳴いている
たくさん壊れてたくさん苦しんでるはずなのに
ぼくは(どーも)悲劇がよくわからない
それはフコ―なことなんだろーか?
あいかわらず
アンテナが点いたり消えたりしてたよりない
空は蒼く澄みわたっていまふ
足りないものはどこにあるのか
(それはムゲンにあってどこにもない
次々と受信されているボク
だけが
ムイミなくらいの光の速度で生滅してる
かすかないたみ
(それもでんぱ?



特別コーナー
千田草介さんのひとりごとメールから

ひとりごとメール040 小説の筋肉

5日土曜日は福原遷都まつりにチンドン屋で3度目の出番。去年は新型インフルエンザのあおりで日程変更になったためメンバーがそろわず出られなかったが今年は4人出られて大丈夫。天気も良く、一昨年、三年前ほどには暑くなくさわやかだった。雨は降りませんね。御津の梅公園フェスティバルは気の毒なことに実行委員長の守谷忠彦さんが名代の雨男で第1回以来連続で雨にたたられ3回目の今年はふつうなら五月晴れであろう5月23日予定が荒天予報のためにやむなく延期(それも梅雨まっただ中の6月20日に)。音響の川島隆臣さんらスタッフは大変な目にあって不協和音がおこっている模様。食べ物の出店予定者なんか準備した材料を処分しないといけなくなるし。損害は穴埋めできるんだろうか。保険屋としては気になるところだ(ここでは契約もらってないからヨソごとだが)。遷都まつりと同じ日にしていればよかったのにと思うが。
翌6日も高砂アスパ創業祭で、フルメンバーで出番。ここもお馴染みの場所である。屋根があるショッピングセンターの中なので天気の良し悪しは関係ないがよく晴れて外に出ると暑い。2回店内を巡回してまわる。終わったあとは打ち上げ飲み会。
7日は月曜日だが仕事の用をつくらずに朝から龍野へ。高谷和幸さんの詩の講座「エクリ」である。神戸から詩誌「メランジュ」のメンバーである詩人の大橋愛由等・寺岡良信・西本めぐみの3名が姫路駅で合流、姫新線本竜野で降り「ガレリア」へ。高谷さんと「エクリ」をやりだしてから私も毎月一作、エクリ前日もしくは当日の即製でだが詩の習作をするようになっている。作品もそこそこたまってきた。瞬発でつくって推敲はしないために出来はけっして良くないと思うが、もともと詩には興味がなかったのがここへきて自分のなかに詩という表現形式に触発されるものを、まだごくわずかだが感じるようになってきている。ねじめ正一のように詩人から小説家になる例はあっても、その逆の行程をたどった者はいるんだろうか。ねじめ正一は詩と小説(散文)のちがいについてこう述べている。

「詩を書き、その合い間に散文を書くようになってはじめて、詩を書く筋肉と散文を書く筋肉が別ものであることに気がついた。おなじコトバなのに、使う筋肉が違う。詩と散文とではコトバの出し方が違うのである。
詩のコトバは押さえ込むコトバだ。利き腕にぐいと力を入れて押さえ込む。コトバがするりと逃げようとする。そこをひっ捕まえてまたぐぐぐいっと押さえ込む。私の場合、そうやって押さえて押さえて出来上がるのが詩のコトバである。力技であり、体力の勝負なのだ。だから詩ばかり書いていると詩を書く筋肉がやたらと発達してしまう。利き腕だけに筋肉がつく。それに気がついたら、何だか自分が利き腕だけが発達したポパイみたいに盛り上がったヘンテコなカラダつきに思えてきて、使ったことのないほかの筋肉も使ってみたくなった。カラダ全体の筋肉を全部ちゃんと使いたくて使いたくて、我慢できなくなった。だいいち、同じ筋肉ばかり使っていては健康に良くない。
そんな気持ちが昂じて書きはじめたのが小説である。小説は、全身のコトバの筋肉を目いっぱい総動員しないと書けない。コトバの全身運動に、小説ほどいいものはないと思った。
もっとも、カラダ全体の筋肉を実際に使ってみるとなるといやはや大変であった。利き腕の筋肉がついのさばってくるのにも参ったが、使ったことのないコトバの筋肉がこんなにもか細く、弱いものだと、はじめてわかった。小説を書いてみると自分のコトバの筋肉のどこが弱いかがすぐわかる。いや、弱いところがある限り、小説は小説にならないのである」

ねじめ正一『高円寺純情商店街』のあとがきから引用した。直木賞を受賞したこの処女小説作品を書くのに、「コトバの全身運動」ができるようになるまで、ねじめさんは3年かかっている。
うらやましいというか、妬ましいのはここのところである。その3年のあいだにねじめさんは新潮社に何十回も通っている。寺島哲也や横山正治に、小説のイロハのイから丁寧に教えてもらったという。
地の利のちがいというしかない。高円寺ならば矢来町まで通うのは容易だ。私は新潮社には3回しか行ったことがない。たぶんねじめさんの顔なじみだろう受付の「眼鏡のご婦人」とも顔を合わせたし、横山正治氏には名刺をもらったが、小説について何か言ってもらったことはない。私は文学部には行ってないから、小説のイロハなんか、今までだれひとり教えてくれなかったし、近隣に小説を書く人も編集者もいないから、闇中を自分ひとり手さぐりで試行錯誤していくしかなかった。今もそれをつづけている。小説を書くのは、ねじめさんの言葉を借りずとも、大変なことなのだ。
私も「エクリ」で、いちおうの表向きで小説部門を担当しているのだが、小説について人に教えるなどオコがましく、教えてほしいのは自分のほうである。しかも小説というのは詩にくらべて実作がずっと大変だから高谷講座のようにそれぞれの作品を持ち寄って合評するということは不可能である。それで司馬遼太郎の『街道をゆく』をネタにざっくばらんに茶話をする会としているわけである。
詩のエクリは当然のごとく龍野→姫路飲み会となり夜更けにいたる。
7日は夜、文連連続講座「茶座・いまはりま」の第5シリーズ第1回。司会をしなければならないのでそれなりのプレッシャーがある。早いものでもう5年目だ。だいぶん慣れてアガリはしないのだが、しょっちゅうすることでもないし、もともと頭の回転が書く速度なので、しゃべるのは得意ではなく要領よくできない。だが黒田武彦さんの宇宙の話はたのしく質問も多く出た。終了後はいつものように飲み会。3日連続だ。
それにしても、こんな毎日だと頭を小説執筆モードに切り替えることがなかなか出来ない。「姫路文学」の例会が13日で、123号用の短篇小説を提出しなくてはならないが、中断したままで再開できずにいる。とにかく、えいやっと書いてしまおう。ヒメブンのほうも連載が終わったししばらく休筆モードにする。「大山茂右衛門」に着手するため。



























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