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カフェ・エクリvol.45 詩の森の散歩道 1月12日16時 加古川「されど」にて

カフェ・エクリ  VOL.45

谷和幸

詩の森の散歩道
於 されど 2012.1.12

空を見てゐたら  
心が澄んで
わいせつになつた
蝶や蜻蛉も
同じ按配のやうだ   「煽情的な空」


高間芳雄 (1907-1965)
明治40年1月30日ー昭和40年8月17日 58歳 (素雲院文憲全生居士)
鎌倉・東慶寺

ecri2012-01.jpg

吉野弘「詩のすすめ」から

みつめる

犬が飼主をみつめる
ひたむきな眼を思う
思うだけで
僕の眼に涙が浮ぶ
深夜の病室で
僕も眼をすえて
何かをみつめる
 
前述のとおりこの作品は、〈ほとんど即興的に書き流したままの詩〉ということであるが心ひかれる作品である。
この詩集のほとんどの作品を通じ、作者は苦悩や恐れを、自身との距離を失して直接的にパセティックに語っている。それは、そういうものであるに違いない。誰が死を間近に感じながら、自己の感情に距離を置くことができよう。そうした感想をいだかせるこの詩集の作品の中でこれは、語らずにじっと耐えている。眼の光だけがある。ほかは全部、闇に没し去り、わずかに頬のあたりをかすかな光が浮き彫りしている。十分なイメージだ。
 飼主をみつめる犬の眼、ひたむきな眼。あの眼は飼主から、飼主のもっている以上の愛と憐欄をひき出す。
 飼犬が、死をかすかに予感しながら、救いを主に求めている。全幅の信頼を主に向けて。
飼主の取るに足りない力を救いの力と信じて――。主は己の無力を悲しみながら、犬の哀願する眼の中を見返している。
 詩人は今、こうした飼犬の位置にいる。深夜、眼をすえて、何かを見つめている。主をもったことのない私か、何かを見つめている。誰も私の死を救うことはできない。それなのに、私は、主を見つめる犬のように、何かをじっと見すえる。私の眼を見て、無力を恥じている主のようなお方が、どこかにいらっしゃるのだろうか。

愚かな涙

耳へ
愚かな涙よ
まぎれこむな
それとも耳から心へ行こうとしているのか

直接、感情に訴えるようなことばが全くないので、見すごされそうな作品だが、声をもたない涙が耳に悲しみを訴えにゆく、というふうに読むと、なんとも哀切な作品であることがわかる。
 ベッドに仰向けに寝ていると、涙がわいてきて、目尻から耳へ、一気にすーつと糸をひいて走ってゆく。愚かな涙よ、嘆きを、耳に聞いてもらいたいのか。お前には声がないではないか。涙よ、お前の嘆きが心に届いていないとでも思っているのか。だから耳を通して心に、嘆きを伝えにゆきたいのか。愚かな涙よ。涙も耳も心も、みんな私のものだ。悲しみをじっと耐えているのは、この私だ。
 なんと心にしみる涙のスケッチだろう。耳に流れこもうとする涙を即物的に扱って、こんな簡潔な歌を書いた詩人は、そんなに多くはないだろう。



鏡は’
内心映したくないと考えてゐるものも
映してゐるのだといふことを
語らない

 この作品は昭和二十三年九月三日の制作であるが、当時は発表せず、死後、この詩集に収められたものの一つである(「重量喪失」のパート)。
 高見は、こういう箴言風な詩を好んで書いているが、「鏡」はなかなか皮肉な作品である。小説家である高見を考え合わせると、これは小説の「にがみ」をひっそり語っているようで興味がある。
 人間この愛すべきもの、という気持ちと、人間このいやらしいものという気持ちとの谷間を出られないのが人間であり、また作家であるとすれば、人間を全体として現実的に具体的にとらえようとして「内心映したくないと考えてゐるもの」を排除できないのが、作家の鏡、というものであろう。
 この「鏡」がきわめて人間的なのは、映るものをより好みなく受け入れているように見せかけながら、気に入らないものを拒絶できる鏡を、心にもう一枚、ひそめているという点だろう。
 こんなふうに考えると、この鏡の拒絶に出会わないどのような人間の内面があるだろうか、映したくないものばかりなんじゃないか、というような気までしてきて、その、皮肉みたいなものが、この「鏡」から照り返ってくる。〈語らない〉などといっているだけに、なおのこと作者の肉声を感じさせる。

煽情的な空

空を見てゐたら
心が澄んで
わいせつになつた
蝶や蜻蛉も
同じ按配のやうだ

前述「鏡」とほぼ同じ時期に書かれ、同じく当時末発表で、死後この詩集の「重量喪失」のパートに採録されたもの。
 「心が澄んで/わいせつになった」という二行が面白いが、これは、いったい、どういうことだろう。
 人間の性欲というものは、自己肯定の極と自己否定の極において、それぞれに高まるものと筆者は考えているが、この場合は前者に当たるだろう。
 青空のすがすがしさが、私のからだの中に、生きることについての喜ばしさを、まるで輸血でもしてくれるように、しずかにたっぷりとそそぎこんでくれる。人間が、自己とか世界などに対して素直に肯定的であるひとときというのは、いわば、恵みともいうべきひとときだが、こうしたふしぎとさえいえる充実感にひたっていると、かすかに性欲の高まりをおぼえ、しかもそれを素直に認めてやっていいようなういういしい気分になってくる。番(つが)いになって青空の下を泳いでいる、たくさんの蜻蛉をみると、蜻蛉もまた、自然界の、こうした充実した美しいひとときに、欲望を強く刺激されているのかもしれない。
 「心が澄んで/わいせつになった」という二行のうちの「わいせつ」ということばに、筆者は、高見順の、かすかな羞恥と肯定を感じ、この作品を、ある清潔さをもって読むことができるが、それは筆者のひとりよがりであろうか。
 いずれにしても、エロティックでありうる精神的充実のひとつの様相を示していて、この詩は異色である。

サイコロ形の世界



僕の寝てゐる病室はサイコロ形である
サイコロ形であるからサイコロである
サイコロの内部に僕は寝てゐる
僕が寝てゐるその底には
どういふサイコロの目がかくされてゐるか
あゝ このサイコロはイカサマである
きまつた面に重さがかかつてゐる
僕がそこに寝てゐるからである
僕は寝ながらイカサマを成立させてゐる
僕が起きるとイカサマは崩れる
かかる僕には
あゝ
世界がサイコロ形に見える



僕は今や
サイコロの内部にあって
サイコロを振らんとする者となった

昭和二十三年九月の作で、どこにも発表されず、死後、この詩集の「重量喪失」のパートに収められたもの。
 かなり理屈っぽく書かれており、とっつきにくい作品かもしれないが、ていねいに読めば、理屈のための理屈ではけっしてなく、イマジナティブな感覚的な把握が先にあり、それへの道案内として、論理が必要とされていることがわかってくる。
 ⅠとⅡに分かれているが、Iは、Ⅱが打ち出されるための必要な前提となっている。Iから、順を追って読んでゆこう。
 僕が病室に寝ている。病室はサイコロ形である。サイコロ形であるから、病室はサイコロである。その内部に私は寝ている。内部に寝ているから、六つの面の外側にそれぞれどんな目が出ているか、僕にはわからない。僕が寝ている床の部分にはどんな目が出ているのだろう。
 この一連では、病室がサイコロに見立てられているわけだが、この発想の中には、宿命の手にもてあそばれるサイコロという考えがあるだろう。
 さて、少し考えてみると、このサイコロはイカサマであるといわねばならない。なぜかというと、このサイコロは、常に決まった面にだけ、つまり、僕の寝ている面にだけ重さがかかっていて、何度ふられても同じ目が出るようになっているからだ。イカサマを成立させているのは、ほかならぬこの僕で、僕がベッドから起きて病室を出でしまえば、このサイコロのどの面にも重さはかからないから、イカサマもくずれる道理である。(以上第二連)
 このように見てくると、病室がサイコロと考えられるのと同しように、この世界もまたサイコロと考えられる。僕が病室というサイコロの内部でイカサマを成立させているのと同じように、僕はこの世界の内部でもイカサマを働くはずの者だ。なぜなら、人間は好むと好まざるとにかかわらず、世界というサイコロの内部では、そのどこかの面に、自己の重量をかけるっほかないからだ。病室という特定のサイコロからならば外へ出ることができても、世界の外へは出ることができないのだから。(以上第三連)
 世界の外へ出ることができず、その内部でイカサマを働くほかないとわかった今では、僕は、世界というサイコロの内部にあって、世界自身を振り、必要なサイの目が出るように、内部に僕自身の重量を掛ける(賭ける)はかないだろう。(以上Ⅱ)
 このように読むことができるが、この作品では、サイコロのもつ意味が、初めと終わりでは変かっていることに注意しよう。初めのほうでは、単に運命に操られるものとしてのサイコロであるが、実は人間がそのサイコロの内部の特定の位置にいて、自らは気づかずに、サイの目の現われ方に関与していることが明らかにされている。だから、もしサイコロの内部にいて、必要なサイの目を欲するとすれば、自己の位置を変えることに賭けるほかないということになるだろう。
 人間は単に運命の子なのではなく、自ら運命を支配する者でありうるはずなのだから。

私の卵

数年来私はひとっの卵を抱きつづけてゐる
あるとき気がつくと卵を抱いてゐたのである
卵が暖いので気がついたのである
私は冷たかった
鶏卵のやうに私は冷たかった
だんだん冷えあがって私は凍死しさうだった
その私を私の抱いた卵が暖めてくれた
そして今日の日まで私は生きのびたのである
そしてそのため暖い卵はまだ孵化しない

この作品は、昭和三十年三月号の「文芸」に発表されたもので、この詩集の「重量喪失拾遺」の項に収められている。
 この詩の中の「卵」が文字どおりの卵ではなく、ある精神的な意味のイメージであることに、読者は気づかれるだろう。しかし、それが、どのような意味のものであるかは、性急に問わず、軽く心に留める程度にして読み進めてみよう。いつ内部に抱えこんだか、その時期は判然としないが、ある時、その卵に気づいた。気づいたのは、卵のあたたかさのせいである。対照的に、この卵を抱えている詩人(作者)自身の冷たさが、対置される。詩人自身の冷たさ、というのはたぶん、自己に対する絶望感の冷たさだろう。その絶望感が詩人に、精神的な死をもたらしそうであった。しかし、その死をくいとめてくれたのが、内部に抱えていた卵のあたたかさであった。卵をあたためるべきはずの詩人が、卵によってあたためられたのである。ここまで読み進めてくると 「あたたかい卵」が、人間をぎりぎりのところで支えている。「思想」とか「希望」とかないしは「自己肯定」というようなものであることが明らかとなる。詩人(作者)が生きながらえることができたのは、この卵のおかげであった。しかし、詩人は、こう述懐する。卵の力を借りて今日まで生きのびてはきたが、肝心の卵をあたためてやるほどの余力はない。それほど、人間自身についての断固たる肯定の情熱を、全身で発するまでには至ってない、そのためいまだに、この内部の卵は雛になれず、羽ばたくことのないい希望の原形として、内部にとどまっている、と。
 これは、自己肯定と自己否定とから成っている人間の内面を、普遍的な高さで形象化していて、すぐれた作品である。人間は、生涯を費やしても、自己を全面的に肯定することはおぼつかないものである。自己肯定の意志はこの詩の卵のように、人間の内部にひそかに生きていて、人間を支えている。しかし、この卵は、いわば、自己否定の力によって、苛酷にとりまかれている。「卵」は「雛」の誕生を予想させるイメージだ。しかし、その可能性が、なかなか、力強い「現実性」に高まりきれない、という切実な苦しさが、いわば、「私の卵」の発想の根であり、この作品の普遍性を支えているリアリティであろう。
 技術的にながめた場合、この作品は、鶏が卵をあたためるという普通の論理を、卵が鶏をあたためるというふうに、逆立ちさせた点に「ひねり」があるが、これは、人開か人間を深く内省した場合、かつて抱き今は忘れ去ったように思っていた思想に、現在支えられていることとか、抹殺しきれない人間的な希望に支えられて生きているというようなことがあることを考え合わせると、深いリアリティを内蔵していると感じられる。
 こういう作品に接すると、詩の技術とか、リアリティが、結局は、作者の思索の深さに左右されるということが、よくわかるのではなかろうか。




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