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カフェ・エクリVol.49 は5月7日(月)午後4時から 姫路の「段カフェ」にて

Vol.49 カフェ・エクリの案内

連休の真只中で、皆さんはリフレッシュされていることと思います。
カフェ・エクリの案内です。場所は姫路です。詳しくは下記をご覧ください。
テーマーに困っていたら、先ほどメランジュで発表した吉本隆明の「ファッション論」をもう一度エクリにスライドしても構わないと言ってもらえたのでそれに甘んじることにします。それと同じく時間がなくて発表ができなかった大橋愛由等さんの「南島論」と抱き合わせて1部の勉強会にすることにしました。2部は詩の合評会。それと、エクリの仲間の高木富子さんがご詩集『優しい濾過』を上梓されましたので、もし彼女が名古屋から顔を出してくれたら、その後は仲間内の出版記念会を持ちたいと思います。

日時:5月7日(月曜日)午後4時から
場所:姫路の段カフェ 電話079-224-0677
会費:資料代300円、その他自分の注文された飲食代。

☆場所が分からない人については、姫路駅の構内で3時30分に待ち合わせることにします。


ファッションと言えば当然衣服だけのことではなく、場所に応じた選択と組み合わせがあるように、意味のコードに自分を合わせて見せることです。
吉本隆明著の「ファッション論」は85年のコムデ・ギャルソンの川久保玲が見せたファッションショーに感動を受けたところから始まります。そこから、思想家としてその自分の感動自体を分析していくのですが、それがやはり詩人だなと思う箇所がずいぶん見られます。その言葉をめぐって話し合えればと考えています。




カフェ・エクリ  VOL.49

谷和幸
詩の森の散歩道
於 段カフェ 2012.5.07

衣装は、比喩的にいえば、頭部を覆う仮面に
                 似ていないことはない

                   
                吉本隆明著『ハイ・イメージ論Ⅰ』より


ecri49.jpg
コムデ・ギャルソンのファッション映像から

4月29日にメランジュ例会「吉本隆明追悼」で発表したエッセイを転載します。

吉本隆明著ファッション論(『ハイ・イメージ論Ⅰ』より)

 私は1度だけ吉本隆明の講演を聞いたことがる。2009年の話で、現代詩手帖創刊50年祭「これからの詩どうなる」というイベントが新宿で6月20日にあった。その第二部の冒頭に瀬尾育生が聞き手というかたちで吉本隆明の講演が進められた。車椅子で壇上に登場したその時から不思議な静かさと聞き漏らすまいとする熱気が会場を変えてしまったのをはっきりと覚えている。話の内容は詩を書き始めた体験から始まり、どうも私の浅い知識ではその話題となる世界を理解できたとは言えないが、「詩はこれからもずっと変わらない」という趣旨の話だったと思う。その時の吉本隆明の体力から言えば長い時間をあれだけ熱弁をふるわれて大丈夫か、と心配するぐらいだった。しかも最初には正面に向けられた視線が、熱がこもってくるにつれ天井に向けて上昇していくのである。その凝視する眼が強烈な印象を残した。「希望を語ることと絶望を語ることが同一な認知の地平」(映像の終わりについて)と語る精神を見た思いがした。
 その視線の行方に触発されて『ハイ・イメージ論』を読んでみた。80年代に吉本隆明が出版したもののなかに、このほかに「マス・イメージ論」がある。吉本隆明にすれば珍しく身の回りで劇的に展開するサブカルチャーを題材にしているシリーズだ。「共同幻想論」が国家論であるとするならば都市の空間に偏在している亡霊のような存在を書いた「都市論」だと言われている。私は「ハイ・イメージ論」の冒頭に書かれた「世界視線」というイメージによく分からないながら魅かれるものがある。「世界視線」を要約すると、瀕死や仮死の経験をした人間が、死につつある自分の肉体とまわりのことを上からの視線で見下ろしていたという視覚的な像体験から発想して書かれている。もう一つはその像体験をコンピューター・グラフィックによる立体的なシュミレーション映像と人工衛星ランドサット映像に類似しているとして、「世界視線」の果たす意味を説いている。引用するとこのように述べられている。
 ――ここには宇宙空間からの世界視線のもつおおきな未知の特性があるようにみえる。――省略――人間ははじめて、自己の存在と営みをまったく無化してしまいながら、しかも自己存在の空間を視る視線を獲得したのだということだ。――(地図論)
 もう一つ引用すると、その「世界視線」の背景に高度情報化の「社会像(マトリックス)」が生み出した視線に触れた箇所がある。
 ――おなじ資本制的な産業システムであり、おなじように生産手段の高度化の一齣でありながら「高度情報化」と「高度機械化」とはどこがちがうのか。「高度機械化」は生産手段の線形につないだ総和(総合)せ表象されるが、「高度情報化」は線型的なマトリックスでシステム(総合)が表象される。――
 「高度情報化」の社会像は、映画「マトリックス」の架空の社会システムを想像すれば比較的に理解しやすいと思う。ともにジャン・ボードリヤールのシュミレーショニズムとの親和性をもっているようだ。それにしても難解な表現である。
 さて、私の掲げている「ファッション論」に話を進めたい。ファッション論は出発点からその異色さが際立っている。それは「東京国際コレクション・85」のコムデ・ギャルソンの川久保玲が見せたファッション・ショーから始まるところだろう。モデルを「人種がちがう」、いや「人類がちがう」と思う衝撃的な体験が題材になっている。
 それにしてもファッション論に挿入された図の特異さは他のものを圧倒している。なかでもファッション誌「アン・アン」から採取した裸身をカタストロフ理論の「アトラクタ」と「リベロ」のポテンシャル線と分岐線で表現した図などはよく分からないながら、位相学までファッション論にとりこむ吉本隆明理論の壮大さを充分に印象付ける。
 言うまでもなくファッションは着るものと、見られることが同一のコード上にあることを前提としている。つまりシャーロック・ホームズが人物観察において、彼の服装から小さな汚れや、匂いでその人物像を、さらになぜここにいるのかを推理して見せたように、観相学(探偵学)に近いものがある。それはヘーゲルが言うところの「思いこまれた内面との関係」を見るところにファッションがあるのだろう。ファッション論は哲学の認識論を踏まえて展開していく箇所がある。サルトルが蒼ざめるほど衝撃を受けたテーブルの上のありふれた物体のあり方について言述した新しい認識論と、同等の意気込みで書かれている。本文から引用する。
 ――スカートが膝のうえでとどまっていたり、足のくるぶしを覆うほどに長くなったりするファッションの現象に、言葉をもてるようになったことは、どんなに驚いても驚きすぎることはないほど、重要なことなのだ。現在に視座をすえるかぎり、おおよそ人々の常識になっている価値観は、根こそぎ転倒されてしかるべきなのだ。――
 80年代はパリコレとならんでギンコレで日本のファッションが世界の中心になった時代である。日本が世界に発信する構造は吉本が書いているように西洋的なファッションのデザイン、色の組み合わせ、素材まで徹底的にその歴史を学び、自分の体の一部にまで消化したうえで展開することで、その構造は程度の差はあっても「芸術」の世界で日本の芸術家がやってきたことである。それが発信の中心になることは見られる側の「ジパング」を三潴末雄が言うようにツバメ返し的に日本を切り開いて見せることであるように思う。
 ファッション論はほぼ同時期に出たロラン・バルトの「モード論」と、後に出た鷲尾清一の「モードの迷宮」とも違う視座を持っている。ファッション論は先に書いたように「世界視線」という「高度情報化」のもたらした都市論のなかの映像論の延長にあると思う。ファッションも映像の一つであることに違いがないだろう。その映像について吉本隆明は「映像はすでに〈死〉のちかくあるいは〈未生〉の胎内から逆に照射される究極の像〈ルビ・イメージ〉価値の概念を産んでいる」と語っている。映像自体は意味もなく、雑多にパソコン上に無数に存在していて、そして等しく忘れられてしまうものだが、高度情報化した映像の本質を表現したこの言葉は、現在も色あせてはいないと思う。


次に吉本隆明の「ファッション論」から抜粋します。

○ファッション・モデルの美しさは、もともとボードリヤールがいうように、「機能的なモノであり、記号の集合体であ」る美しさだ。

○ボードリヤールからの引用。
 流行
近年の例をとりあげてみよう。ロングスカートもミニスカートも絶対的価値をもたない。相互の差異関係だけが意味の基準として働く。ミニスカートは性の解放とは何の関係もないし、ロングスカートに対立するかぎりでのみ(流行上の)価値をもつにすぎない。この流行価値は逆転できる。ミニスカートからマキシスカートへの移行は、逆の移行と同じ区別と選択の流行価値を持つだろうし、それから生ずる〈美〉の効果もおなじだろう。
しかし、明々白々のことであるが、この〈美しさ〉(あるいは〈シック〉、〈趣味のよさ〉、〈優雅〉、〈際立ち〉といsつた用語で別の仕方で解釈されてもよいが〉は、差異表示用具の生産・再生産という基礎課程の、指標的機能と合理化でしかない。美(〈それ自体〉)は、循環のなかでは流行とは無縁である。それは承認しがたいものである。本当に美しく、決定的に美しい衣装であれば、それは流行を終わらせてしまうだろう。流行は美それ自体を否定し、抑圧し、消失するほかない―ーそのつどの流行のなかで美のアリバイを保持しながらそうするのである。
このようなわけで、流行は、美しさの根本からの否認に基づいて、また美醜の論理的等価性に基づいて、〈美しさ〉をたえずつくりだす。それは、最も異常な、最も機能不全な、最も取るに足らない特徴を、際立って差異表示的なものとしておしつけることができる。ほかならぬそこで流行は勝利するのだ。合理性の論理よりもずっと深層の論理にしたがって非合理的なものを押しつけ正統化しながら。
        (ジャン・ボードリヤール「記号の経済学批判」今村仁、宇波彰、桜井哲夫訳)

○反復と追憶について
反復と追憶は同一の運動である。ただ方向が反対であるというだけの違いである。つまりつ臆されるものはすでにあったものであり、それが後方に向かって反復されるのに、ほんとうの反復は前方に向かって追憶される。だから反復はそれができるなら、ひとを幸福にするが、追憶はひとを不幸にする。            (キルケゴール「反復」桝田啓三郎訳)


○いちばんいま切実な例でいえば、ファッションの拠点地の世界では、身体を細く無機的な「機能美」と生命のない概念としての「記号美」に変幻させるために、ファッション・モデルたちは過剰な栄養を排出させるのに、ジョギングでじぶんを消耗させたり、苦痛にたえて食事をひかえたりしている。一方アフリカやアジアでは、ふつうの大衆は飢餓に追いつめられて痩せほそっている。通俗的な、口さきだけのヒューマニズムは、同情し、責任を感ずるなどとほざいている。慈善の問題にしてしまったミュージシャンたちもいる。だがほんとうは反復(循環)の問題なのだ。飢餓と飽食がひとつ次元をとびこして、世界を反復(循環)している。そこでは民衆にたいする「善」を標榜している社会主義権力が、民衆を飢餓に追いやる「悪」を実現している。これが事態の実相で、こういった反復(循環)の機構を解き明かしたものだけが、ほんとうに救済のプランを作れるのだ。これこそがファッションの本質の問題なのだ。

○肖像に霊魂がこもるという観念まできて、人間の霊魂は、はじめて完全に衣装をまとうことになった。

○霊魂の衣装としての裸身(ルビ・ヌード)を像(ルビ・イメージ)の価値としてかんがえようとする。そのばあい像(ルビ・ヌード)の構成要素のひとつは、あきらかに対象である裸身(ルビ・ヌード)にたいして垂直な視線束でつくられたただの視覚像だといえよう。

○わたしたちのあいだですぐれたファッション・デザイナーは、まずこれらの西欧的な色彩と配色の特徴を、自在にこなせるような修練からはじまって、だんだんとこの西欧的な色彩デザインを、内面化していったに相違ない。そしてそのあとに西欧的な色彩と配色の起源からは、まったく不明とみえる世界根拠のうえにたって、かれの内在の水準に一致しようとするモチーフがあらわれる。これはけっして最終のモチーフとはおもえないが、現在のところ必要で充分な、いちばん高度な課題になっているとおもえる。形と配色の領域化、そのつみかさねのテーマが、たぶんそのあとにやってくるのだ。




最後に高木富子詩集の跋文に寄せた文章を転載します。

木富子詩集『優しい濾過』によせて

                                    
 木富子さんとの出会いは四年前にさかのぼる。播磨のガレリアという画廊喫茶で始めた「カフェ・エクリ」という詩(担当・高谷)と小説(担当・千田草介)のフリー講座でお会いしたのがきっかけである。その後の木さんは、私の所属する神戸の詩誌「メランジュ」の同人になり、さらに同人たちの批判にもまれながら研鑽をつまれ、今回の初詩集(出版社からの刊行という意味で)の出版の運びとなった。
 当初の木さんは小説の講座に来られていた。何回か会を重ねるうちに、詩を書いてはいるが合評会などの批評の場が苦手でどこにも属していないことが分かり、やや強引ながら詩の講座にも勧誘した。もう少し正確に言うと、現実に活動している同人誌の会に加わっていないだけで、太宰治賞作家の秦恒平氏が編輯する「e‐文庫・湖(umi)」に詩集『幻ですかこれは』をはじめ自伝風のエッセイを発表していたのだが、それで、書いた作品を読ませて下さいと伝えたところしばらくして分厚い作品の束を渡された。しかもこれだけではなく、パソコンの中にはもっとたくさんの作品が収まっていて、それが本人にとって完成しておらず、添削したり書き換えの作業が続いているというのである。これには驚きを禁じ得なかった。
 何よりも私の「カフェ・エクリ」のテーマにしていた「書くことの困難性」とも奇妙に合致した話だと思った。
 「エクリ」はアルベルト・ジャコメッティの『エクリ』(矢内原伊作・宇佐美英治・吉田加奈子訳。1994年、みすず書房刊)から引用していた。ジャコメッティは物や人物を凝視し続けた彫刻家で、デッサンへの拘りが有名であるが、それに相似するぐらいに多くのテキストが残っているのはあまり知られていない。それは奇妙な書き込み、もしくは書き込み自体の削除からなるもので、オブジェに対する模写(デッサン)という接近の仕方ではない、「書くことそれ自体」がオブジェに代わって自己展開する世界である。詩人のジャック・デュパンは『エクリ』の序文でこのように書いている。
 
 ……自分以外の複数の人間のために、あるいは誰か一人のために書こうと決めて取りか
 かる時には、初めての数語を記す時にはすでに、ある仮面(・・・)をつけ、どのように進むかリ       
 ズムを測り、ゲームの規則を受け入れているのでなければならない……(ルビは筆者)
 
 「書くことの困難性」はデュパンが言うところの仮面の、その仮面の裏側と作者の顔との隙間にできた空間で、ひそかに往還する自問自答のようなものであろうか。またそれが木富子詩集『優しい濾過』で作者が見つめる空間であり時間なのだと思う。

 あとがきで「優しい濾過はわたしの生きる実感…」と書かれている。濾過という美学は、日常のひとつひとつが作者の心理の奥底に湑むことに、その傾斜していく時間的な重みが生きるという実感であるということだろうと私は想像する。日常をトバ口としながら詩を書く詩人と、そうではなく日常を一度どこかに置いておいて、そこからあふれ出そうとするものを詩に書くタイプの詩人がいる。勿論これらの分類は便宜的なものにすぎないが、「書くことそれ自体」を問題にした場合、後者の操作をするタイプの詩人の方が豊かな稔りを得られるように思える。木詩は後者にあたるが、しかし濾されていくものの中に自分が含まれるのが特徴的だと思う。思い出とは自分の実体をも含みつつ時間を超えて揺らぎがやまないものかもしれない。

 冒頭の「あなたという二人称へ」という詩を読んでみると、この「あなた」は特定の誰かを想像しがちだがそうではないことに気付く。作者の木富子のもう一人の自分(過ぎこしの思いの揺らぎ)との応答が詩のモチーフとして飛翔を試みている。

 この世の原初の荒海に散りぢりになった/所在不明のあなたと/いつ 何処かで/逢い    
 会えるか  (「あなたという2人称へ」の一連目)

 この「この世の原初の荒海」という言葉が少しおおげさな表現のように思えるが、作者にとって原初の海は生と死の境界になった現実の出来事に由来しているのだろう。その体験の、もしかすれば死んでいたかもしれないもう一人の自分の視点から、この詩集が語り始められるのは自分を超えた大きな物語との重層的なつながりを示唆しているようだ。
 つぎに「幻ですか これは」は吹きさらしにされる抒情(これを誰にでもあるだろう特別な思いと考えてもいいだろう)に、真っ向から書くのではなく、それを沈殿し濾過していく変容の過程を情感をこめて書いた詩になっている。「降り注ぐ悲しい声」は「位相大変動 カタルシス/惨い原風景へ/形喪う集積回路/空気の悲しみが 縁どられた」という自己の内にある零の空間に、ぐさぐさと朽ち、泡沫は弾かれ、雰り落ち消えていくのである。「それにしても 理不尽なこの想い」はすでに名残の幻に変わっている。変転していく、まっさらに戻っていくという見方からすれば、吹きさらしの抒情も一つの幻のような物質性を帯びてくるようだ。そして同時に、そこでは自分という存在がその抒情からも解放されて、荷を解くように、無に帰っていくような印象が生まれる。この詩は作者が濾過という装置のようなもの、歴史観であったり、人間観であったりするシステムを保持していることを明確に表現している。
 そして日常の物事が作者の中に湑むというとらえ方はあとがきに見られるように、濾過という音からスペイン語の「愚か者」と「岩」の二つの、どこか常軌を逸した狂気を髣髴させるものと硬くて異質なマテリアルを持つものとが、お互いが相容れないような要素で緊張感でつながり、滴るものを見つめているように思うのだがどうだろうか。それがエクリの、言葉を書く作者という仮面かもしれない。
 言葉を書き出すことがテーマになって書かれた詩がある。短いので全文を引用すると。

 「釣る」

 夕方に 虹を釣る
 真夜中に 月を釣る
 もの言わぬものたちの嘆き
 かろうじて 聞き分け
 潜り抜けて文字を書く

 書いて自分と和解しなかった頃
 たとい目には映らなくても
 頭髪に制御できないものたち膨れ上がり
 わけ分からず逆さ髪になって抗っていた
 人に触れられても額はなお冷たいと叫んでいた

 苦い歌を釣り 苦い愛を釣り
 言葉にゆだねる
 放たれる思い さらなる惑い
 虹を釣る
 月を釣る

 書かれてある内容は作者の精神的な自立を意識し始めた時期の重量感のあるものだが、これを短く簡潔に書くうちに作者の中で仮面が意識されたのではないかと思う詩だ。いわゆる詩の運びとしてはすっきりとしていて、読者に理解されやすいのだが、例えば比喩として「虹」と「月」が使われていることが読者である私たちに説明しにくい。美しいもののアナロジーで使われたとすれば「苦い虹」「苦い月」という形容詞でつながれたそれらは、作者からかなり離れた存在でありながら苦いという感覚でつながったものということになる。過去の自分であるとか思い出を「苦い虹」とか「苦い月」ということの距離感のあり方が気になってしまうのだ。いわゆるこの比喩はどこかで自分ではない他者の影を曳いているように思う。つまりそれは自分ではない言葉が生まれる場所の比喩ではないだろうか。それ故に、「虹」にしろ「月」は実体ではなく表面で光を反射するものなのだ。だから単純に自分の過去の精神を中心に据えた詩ではない。言葉はその「虹」とか「月」からやってくるのだろう。その言葉をひとつ、またひとつと書くということは、すでに全体である言葉のリズムや、規則性を受け入れるという仮面をとおして行われるのだろう。「放たれる思い さらなる惑い」と書く作者はその仮面の内側にいる。
 
 木富子さんは私にとって海外旅行のすばらしさを教えてくれた人である。「高谷さんも海外に行けばすべてが変わって見えるから」と何度も聞かされた。それで彼女の足元にも及ばないが、少しだけ独自の体験を得た。詩集の二章の「二 地中海」は彼女が単独で、いわゆるツアー旅行ではなく、地中海諸国を漫遊した記録であるが、実はここに収められた詩篇はほんの一部にすぎないものだ。もっとたくさんの詩にしろ、エッセイ風の掌篇(この言葉はメランジュ同人の寺岡良信の命名による)が存在する。彼女の在り様はこんな言葉で語られる。

 わたしは生まれた国に回帰するのではなく 選び取ってもいなかった
                            (「地中海」の最終行)

 この言葉は重く、勿論それを背負うことでしか答えのないものだろう。そして同時に、外国で出会った人たちを見る目もシリアスである。「クレルモンフェランにて」のなかで、
 
 人は天を仰ぎ 悔い改めると言いながら/やはり不遜に生きる
 
 と書くように作者の目は貪欲で、ありのままの姿を映し出している。そしてそれらがポエジーとして昇華をするのは「わたしは足場の悪い回廊を何周も歩き回った/そうしないとなぜかいけないと切羽詰まった気がして」という思いが、

 穏やかに樹液が浸透するように/喜びに満たされた

 と、変化していく過程にある。ここでも濾過という装置が作者に働いているのが分かる。
 先にも書いた通り、この他にもたくさんの作品が存在する。表現の仕方もさまざまで、掌編小説風の作品があったり、今回のような海外の都市や建築物に沿って詩の言葉で立ち上げた作品もある。これらの作品を区別なく(一つの大きな物語として)読むうちに私にぼんやりと「アンチ・ロマン」という文学を思い出していた。個々の場所で断章もあり、プロットが繰り返されるかと思えば、どこかに始まりがあって終わりがあるというスタイルでないもの。勿論「アンチ・ロマン」は小説の世界の話なので、木詩にあてはまるものではない。また、この詩集『優しい濾過』だけの読者なら私の言うことは腑に落ちないだろうと思う。しかし、「濾過」というシステムを持ち、「書くことそれ自体」を自らに課す作者なら分かってもらえると思うのだ。木さんは多くの才能を持つ人である。この詩集が一つのきっかけとなり、もっと多くの読者に恵まれることを願ってやまない。


次回のカフェ・エクリはガレリア(龍野)です。
日時は6月11日(月曜日)午前11時からの予定です。
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